-----沿岸線62kmの7漁協が一致団結(P4)-----
福島県・いわき市漁協
漁協の今後
吉田勝男副組合長
漁協大会の終了後、吉田勝男副組合長と鈴木鐡也専務にお話を伺った。
 吉田副組合長は福島県信漁連の会長でもあり、沖合底曳き漁船『第12清幸丸』(47.57d)の船主でもある。16歳から船に乗り、24歳で船頭になったという吉田副組合長からはいくつかの昔話も聞けた。「船の計器が何もない時代には自船の位置を"山を締める"方法で判断した。ところがポイントとなっていた一本松が切られた時は困ったよ」とか、「台風の来る前は波が静かでなぜか魚が入る。今みたいに気象情報が発達していないから漁を続けているうちに時化(しけ)になり、波が出てくると港に入れなかった」「昔は何もなくても魚が獲れたが、今は計器がないと獲れなくなった。昭和30〜40年代には北洋サケ・マス漁で日本一だったんだがな」など。製氷工場について聞くと、「電気量や人件費、氷の必要量などを考えると、経営上は貯氷庫だけの方がいい」ということで、四倉にある製氷会社に組合が場所を貸している。課題については、「輸入に押されて魚価安が続く。輸入を減らさないと」と真剣だった。
鈴木専務(右)と漁協職員の皆さん
 鈴木専務によると、いわき市は全国で最も早くアワビの放流を始めたとか。「昭和26年に青森県の大間や金華山から5〜7cmの天然稚貝を陸送で運んだのが始まり。昭和56年までは北海道の奥尻島から生存率のよい7cm稚貝を運んでいた。フェリーで青森まで運び、そこからは海水をかけた濡れたムシロをかぶせて貨車で運んだ」と言う。市場が分散していることについて聞くと、「久之浜から勿来まで沿岸60`以上あるので一ヵ所に集めるのは鮮度落ちや高齢化もありむずかしい。統合はこれから考えなくてはならないが、まずは現在の5市場を3市場にしたいと思っている。来年4月からは四倉を久之浜に、豊間を沼之内へもってきたいと計画中。来年末には経済事業や漁船漁業登録も本所で集中管理できるようになる」と言う。

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